Japan Society for Pharmaceutical Education

理事長挨拶

6年制薬学教育の責任と矜持

日本薬学教育学会は、新しい薬学教育の発展・充実に向けて2016年8月に発足し、2018年10月には一般社団法人となり、科学的基盤としての薬学教育学の確立を目指して活動を続けてきました。本学会は、学術大会の開催と学会誌「薬学教育」の発行を重要事業として活動内容を充実させながら着実に発展し、2021年7月現在、個人会員678、学生会員56、機関会員66、賛助会員8を数えています。この間の会員並びに関係者の皆様のご尽力に感謝申し上げます。

昨年2月以来、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴い、社会活動が激変し、大学においても未曾有の事態が続いています。感染防御のために、対面式の教育、研究、学術活動は転換を余儀なくされました。各大学では、薬学教育モデル・コアカリキュラムに沿った教育が実践されてきましたが、従来の講義、演習、実習などをコロナ禍において如何に対応するか、オンライン講義などICTを活用した創意工夫と挑戦が始まりました。2006年から本格的に始まった薬学教育改革の経験・実績を礎に、コロナ禍での試行錯誤を重ねながら最大限の教育効果を得る努力が続けられてきました。一方,日本薬学教育学会第5回大会は、昨年9月に帝京大学薬学部の大変なご尽力によってWeb(ライブ&オンデマンド配信)で開催され、これまでの大会とは異なった新たな成果も生まれました。このような背景から、学会誌編集委員会では、危機的状況下における薬学教育実践例の収集・提供は本学会の使命と位置付け、様々な教育・医療機関における教育上の取り組みや実践例を学会誌「薬学教育」に投稿いただくよう呼びかけを行いました。幸いにも15編の論文が集まったことから、特集「COVID-19パンデミック下での薬学教育~レジリエントな教育システム構築に向けて~」を発行することができ、「薬学教育」のJ-STAGE電子ジャーナル公開システムに掲載されています。同時に、薬学教育に関する貴重な資料として会員、薬学関係者に広く活用していただくために、別刷を発行することにしました。コロナ禍における薬学教育の展開や検証を行う上で、各大学の経験・実績に加えて、本特集に掲載された論文が新たなアイデア源になることが期待されます。薬学教育において、対面式教育の必要性・重要性は言うまでもありませんが、オンライン講義やウェビナーなどICTを駆使した教育活動、学会活動は、アフターコロナの時代においても形を変えながら活用され、新たな教育効果が生まれるでありましよう。

現在、薬学教育モデル・コアカリキュラム(2013年改訂)は、次期改訂に向けた文部科学省調査研究事業が進められており、2022年度には薬学に加えて、医学・歯学も同時改訂される予定であります。医療の分野は、近年専門分化と同時に高度化が進んでいますが、チーム医療の推進等の観点から、医学・歯学・薬学の卒前教育においては、医療人として共有すべき価値観を盛り込むなど、整合性のとれたカリキュラム内容となることが求められています。一方、厚生労働省の「薬剤師の養成及び資質向上等に関する検討会」においては、薬剤師に求められる役割、今後の薬剤師の養成や資質向上等の課題について、需給推計を踏まえつつ検討した結果を取りまとめ公表されました(2021年6月)。患者に寄り添う、質の高い薬剤師の養成を目指して、6年制薬学教育が始まり、2015年から改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムが実施されています。しかし、社会情勢やニーズ、経済・財政・社会保障などの諸問題を背景に、文部科学省、厚生労働省では上述のように薬学教育や薬剤師に係る議論が進められています。日本薬学教育学会は会員の要望に応えるべく、薬学教育のプラットホームとして活動を続けていますが、今後、日本医学教育学会をはじめ、医療系教育学会と連携を深めながら、医療プロフェショナリズム、多職種連携教育(IPE)などの教育にも貢献する必要があります。

2006年にスタートした6年制薬学教育は15年が過ぎ、既に第10期の卒業生が社会に巣立っています。コロナ禍が続く困難な時代の中で、薬の専門家としての薬剤師の役割は一層明確になってきました。今、薬系大学の教職員、学生、並びに薬剤師、ファーマシスト・サイエンティストに求められること、それは「6年制薬学教育の責任と矜持(自信と誇り)」であります。薬学・薬剤師の社会的評価を高めるためには、関係者の更なる自覚と覚悟を期待したいと思います。

会員の皆様には、一層のご協力・ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

2021年9月
乾 賢一
一般社団法人日本薬学教育学会理事長
京都薬科大学名誉教授・客員教授/京都大学名誉教授

日本薬学教育学会の法人化と今後の展望

日本薬学教育学会は、薬学関係団体の支援を受けて2016年8月に設立され、薬学教育を対象とした研究活動を活性化させ、科学的基盤としての薬学教育の確立を目指して活動を続けてきました。その後、組織体制、事業内容が整ってきましたので法人化の準備を進め、2018年9月の総会における承認を経て、2018年10月1日に一般社団法人日本薬学教育学会として新たなスタートを切りました。これにより、本学会は法人格を持つ学会として社会的責任を負うことになりました。定款に基づき理事会を組織し、微力ながらも私が理事長を拝命することになりました。2019年2月1日現在の会員動向は、個人会員575名、学生会員41名、機関会員59件、賛助会員10件に至っています。

本学会は、重点事業として学術大会の年次開催と学会誌「薬学教育」の発行を掲げて活動を続けています。これまでに3回の学術大会が開催されましたが、講演要旨集を比較すると明らかなように、企画プログラムは年々充実し、また一般発表(ポスター)も量的、質的にレベルアップし、本学会に対する関係者の熱意が窺えます。参加者は薬系大学教員・事務職員、病院・薬局薬剤師、企業、行政、薬学生など多様であり、熱い討論が繰り広げられています。最近の特徴として、基礎薬学と医療薬学・臨床現場との連携・融合を目指す展開が見られるなど、今後いかなる成果が生まれるか注目されます。

一方、学会誌「薬学教育」は、薬学教育およびその関連領域に関する論文掲載を目的として、刊行形態はJ-STAGE電子ジャーナル公開システムを利用したオンラインジャーナルを基本とし、2017年6月より論文の掲載を開始しました。そして2018年1月には、前年の掲載論文を冊子体にまとめて学会誌「薬学教育」第1巻を刊行し、会員並びに関係機関に配布しています。受理された論文は、総説、原著論文、短報、実践報告などのカテゴリー別に随時J-STAGEで公開されており、投稿論文数は着実に増加しています。また2019年1月の第2巻では第2回大会「教育のアウトカムを測る―大学教育から生涯研鑽へ―」での内容が誌上シンポジウムとして数多く掲載されていますので、是非ご一読下さい。

本学会の特徴は、基礎、臨床などすべての領域の薬学教員、病院・薬局薬剤師など多職種の薬学人が参画していることであります。また、すでに6年制薬学の第7期生までが社会で活躍していること、さらに2015年4月から改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムが実施され、6年制薬学の大きな成果が期待されていること、などが本学会の大きな駆動力となっています。特にアウトカム基盤型教育である「薬剤師として求められる基本的な資質」として10項目が列挙されていますが、これは日本の薬学教育改革の大きな特徴であります。将来、薬剤師の業務がロボットやAIに取って代わられるのではないかという声も一部に囁かれていますが、これからの薬剤師にはここに示された10の資質を身につけることが求められており、これら教育効果の検証や今後の発展・充実には、本学会の役割も大きいと考えます。

ところで、日本医学教育学会は、50年の歴史を有し医学教育改革の中心的役割を果たしてきました。薬学教育改革も、医学教育学会を参考にしながら、ワークショップの開催など種々の取り組みを進めてきた経緯があります。本学会が今後さらに医学教育学会など他の医療系教育学会との連携を進めることによって、多職種連携教育が進展するでしょう。また、海外の薬学教育についても目を向ける必要があります。International Pharmaceutical Federation (FIP), Asian Association of Schools of Pharmacy (AASP)に参加して感じることは、海外の薬学教育の改革が相当な勢いで進んでおり、それが薬剤師業務の進展や臨床研究にも繋がっているということであります。日本の新しい6年制薬学教育も概ね順調に進んでいいますが、海外に向けての情報発信が不足していることは否めません。本学会は法人化を契機として、英文ホームページの開設や学会誌「薬学教育」の英文投稿規定を設け、英文論文の投稿を受け付けていますので、今後海外に向けた情報発信も進めていただきたいと思います。海外の学会参加や論文発表を通した国際交流を進めることによって、グローバル化に対応できる若手人材育成にも繋がるでしょう。同時に、2019年から設置する学会賞「教育研究奨励賞」、「教育実践奨励賞」との相乗効果も期待しています。

日本薬学教育学会並びに学会誌「薬学教育」が、基礎から臨床までの薬学教育のプラットホームとして発展し、社会から真に信頼される薬剤師やファーマシスト・サイエンティストの育成に大きく貢献できることを願っています。会員の皆様方には、一層のご協力・ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

2019年4月
乾 賢一
一般社団法人日本薬学教育学会理事長
京都薬科大学名誉教授・客員教授/京都大学名誉教授

日本薬学教育学会の設立にあたって

新しい薬学教育の充実・発展に向け、科学的基盤としての薬学教育学を確立する目的で、日本薬学教育学会が設立される運びとなりました。

2004年に薬剤師養成のための薬学教育を6年に延長することが決まって以来、薬学教育関係者は多くの苦難を越えながら、新しい薬学教育制度の構築に取り組み、薬学教育モデル・コアカリキュラム、長期実務実習、薬学共用試験、薬学教育第三者評価などの課題を達成してきました。2012年3月には6年制課程を修了した第1期生が卒業し、そして本年までに5期生を社会に送り出し、歴史的な薬学教育改革は概ね着実に進んでいます。さらに、2015年4月から改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムが実施されており、「薬剤師として求められる基本的な10の資質」が設定されるなど、学習成果基盤型教育に力点が置かれています。このような10年間にわたる薬学教育の改善・充実に向けた取り組みの成果は、一部は学会発表や論文としてまとめられていますが、検証の取り組みや報告は十分とは言えません。これに対して、医師・歯科医師・看護師など他の医療人養成教育分野では、分野ごとに教育学会が設立され、教育に関する研究の充実・発展を目的とした学術活動が行われてきました。薬学においても、各大学には薬学教育研究センターなどが設置され、教育を主たる業務とする多くの教員からは、薬学教育学会設立に対する要望が高まっています。また近年高等教育の改革が進められており、教育プログラムの改善・充実に向けた科学的アプローチや、その有効性に関する検証・評価の実践が強く推奨されています。このような背景から、薬学関係団体からなる設立準備連絡会議のもとで議論を重ね、約2年間の準備期間を経て、この度日本薬学教育学会が設立され、薬学教育を対象とした研究活動を活性化させて、サイエンスとしての薬学教育学の確立を目指すことになりました。

一方、薬剤師に対する社会の期待の高まりとともに、医療現場における薬剤師の業務内容も大きく変わってきました。チーム医療が進む中で、狭義の調剤だけではなく、病棟における薬品管理、患者の服薬指導、医師の処方支援・薬物療法提案、在宅医療への参画など、薬剤師の業務に広がりと深まりが増してきました。また、2025年問題を見据えて、「患者のための薬局ビジョン」が策定され、「かかりつけ薬剤師・薬局」として地域の人々の健康づくりにアドバイスできる「健康サポート薬局」が制度化されるなど、患者本位の医薬分業の実現に向けた改革が進められています。加えて、病院、薬局において長期実務実習に携わる指導薬剤師には、薬学教育への関心が高まっています。

このような状況の中で設立されました日本薬学教育学会の当面の重点事業は、学術大会の年次開催と学術雑誌「薬学教育」の発行であります。これらの事業を介して、会員相互の交流・情報交換、薬学教育の質的向上、会員の科学的基盤の構築と研究業績の向上、指導者の育成など多様な、独自性のある学会活動が期待されます。さらに、すべての領域の薬系大学教員、病院・薬局薬剤師、企業、行政などの薬学人が一枚岩となって薬学教育の質的向上を図ることによって、質の高い多様な人材(薬剤師、研究者、ファーマシスト・サイエンティスト)を育成することに繋がるであろうと確信します。

20世紀初頭の偉大な医学者ウイリアム・オスラー卿は、医学・医師に必要なこととして、Science(科学)、Art(技術)、 Humanity(人間性)を掲げていますが、薬学・薬剤師においても、基本的にはこの三要素が重要であると考えます。今回の薬学教育改革では、薬の専門職としての十分な知識、技能、態度を身につけた質の高い薬剤師の養成が求められていますが、その原点は、Science、Art、Humanityをバランスよく統合した教育にあると言えましょう。日本薬学教育学会が、薬学教育のプラットホームとして、輝ける薬学の未来に向けて、国民から真に信頼される人材育成に大きく貢献できることを願う次第であります。

2016年8月
日本薬学教育学会代表世話人
京都薬科大学名誉教授・客員教授
乾 賢一