日本薬学教育学会の設立にあたって
新しい薬学教育の充実・発展に向け、科学的基盤としての薬学教育学を確立する目的で、日本薬学教育学会が設立される運びとなりました。
2004年に薬剤師養成のための薬学教育を6年に延長することが決まって以来、薬学教育関係者は多くの苦難を越えながら、新しい薬学教育制度の構築に取り組み、薬学教育モデル・コアカリキュラム、長期実務実習、薬学共用試験、薬学教育第三者評価などの課題を達成してきました。2012年3月には6年制課程を修了した第1期生が卒業し、そして本年までに5期生を社会に送り出し、歴史的な薬学教育改革は概ね着実に進んでいます。さらに、2015年4月から改訂薬学教育モデル・コアカリキュラムが実施されており、「薬剤師として求められる基本的な10の資質」が設定されるなど、学習成果基盤型教育に力点が置かれています。このような10年間にわたる薬学教育の改善・充実に向けた取り組みの成果は、一部は学会発表や論文としてまとめられていますが、検証の取り組みや報告は十分とは言えません。これに対して、医師・歯科医師・看護師など他の医療人養成教育分野では、分野ごとに教育学会が設立され、教育に関する研究の充実・発展を目的とした学術活動が行われてきました。薬学においても、各大学には薬学教育研究センターなどが設置され、教育を主たる業務とする多くの教員からは、薬学教育学会設立に対する要望が高まっています。また近年高等教育の改革が進められており、教育プログラムの改善・充実に向けた科学的アプローチや、その有効性に関する検証・評価の実践が強く推奨されています。このような背景から、薬学関係団体からなる設立準備連絡会議のもとで議論を重ね、約2年間の準備期間を経て、この度日本薬学教育学会が設立され、薬学教育を対象とした研究活動を活性化させて、サイエンスとしての薬学教育学の確立を目指すことになりました。
一方、薬剤師に対する社会の期待の高まりとともに、医療現場における薬剤師の業務内容も大きく変わってきました。チーム医療が進む中で、狭義の調剤だけではなく、病棟における薬品管理、患者の服薬指導、医師の処方支援・薬物療法提案、在宅医療への参画など、薬剤師の業務に広がりと深まりが増してきました。また、2025年問題を見据えて、「患者のための薬局ビジョン」が策定され、「かかりつけ薬剤師・薬局」として地域の人々の健康づくりにアドバイスできる「健康サポート薬局」が制度化されるなど、患者本位の医薬分業の実現に向けた改革が進められています。加えて、病院、薬局において長期実務実習に携わる指導薬剤師には、薬学教育への関心が高まっています。
このような状況の中で設立されました日本薬学教育学会の当面の重点事業は、学術大会の年次開催と学術雑誌「薬学教育」の発行であります。これらの事業を介して、会員相互の交流・情報交換、薬学教育の質的向上、会員の科学的基盤の構築と研究業績の向上、指導者の育成など多様な、独自性のある学会活動が期待されます。さらに、すべての領域の薬系大学教員、病院・薬局薬剤師、企業、行政などの薬学人が一枚岩となって薬学教育の質的向上を図ることによって、質の高い多様な人材(薬剤師、研究者、ファーマシスト・サイエンティスト)を育成することに繋がるであろうと確信します。
20世紀初頭の偉大な医学者ウイリアム・オスラー卿は、医学・医師に必要なこととして、Science(科学)、Art(技術)、 Humanity(人間性)を掲げていますが、薬学・薬剤師においても、基本的にはこの三要素が重要であると考えます。今回の薬学教育改革では、薬の専門職としての十分な知識、技能、態度を身につけた質の高い薬剤師の養成が求められていますが、その原点は、Science、Art、Humanityをバランスよく統合した教育にあると言えましょう。日本薬学教育学会が、薬学教育のプラットホームとして、輝ける薬学の未来に向けて、国民から真に信頼される人材育成に大きく貢献できることを願う次第であります。
2016年8月
日本薬学教育学会代表世話人
京都薬科大学名誉教授・客員教授
乾 賢一